東京高等裁判所 昭和34年(う)1399号 判決 1963年4月23日
控訴人 被告人 日本火災海上保険株式会社 代表取締役 三浦次郎 外一名
弁護人 塚本重頼 外三名
検察官 倉井藤吉 外二名
主文
原判決中被告人斉田高三の有罪の部分を破棄する。
同被告人を罰金十万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二千円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人日本火災海上保険株式会社の控訴はこれを棄却する。
訴訟費用中、原審において証人堀田篤、同米倉富太、同森正に支給した分及び当審において証人小形忠雄、同岩堀嘉憲、同米倉富太、同森正に支給した分は、被告人斉田の負担とし、当審において証人中田辰太郎、同城戸藤蔵、同七松善一、同星廉太郎に支給した分は、被告会社及び被告人斉田の連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人日本火災海上保険株式会社及び被告人斉田高三の弁護人塚本重頼提出の控訴趣意書、意見書同弁護人佐藤博提出の控訴趣意書、同弁護人望月武夫提出の控訴趣意書、弁論要旨提出書、同弁護人小中公毅提出の控訴趣意書、弁論要旨書、被告人斉田高三提出の控訴趣意書に各記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。
弁護人塚本重頼の控訴趣意第一点及び意見書第一、二(一)、第二、一について
原判決は、いわゆる特別手数料は、損害保険会社において、自己の損害保険代理店(以下代理店)をして、代理店相互間における契約募集競争に負けさせないため、且つは代理店が他の損害保険会社に鞍替えすることを防止するため、その競争費用として支給することが古くから行われていたが、元来代理店間の保険契約獲得の競争は、饗応、接待、物品贈呈等をなすことだけではなく、割引、割戻(以下割引等)の方法によつても行われていたところ、かような競争激化に伴い、保険会社としてもこれにひけをとらさないために、特別手数料を支給するということは割引等の資金を供給し又はその支出の補填をするという意味をも含んでいることとなる場合がある筋合であり、本件の場合もこれと異らず、被告人斉田はそのような認識の下に、浜田三郎、吉沢義雄らと代理店をして割引等をさせるべきことを共謀し、次いで代理店当事者との間における原判示共謀関係を成立させ、結局本件割引等の実行がなされるに至つたことを認定したものであつて、今所論に鑑み記録を精査し、原審及び当審で取り調べた証拠に徴するも、特別手数料の支給なるものが、代理店の業務成績優秀なることに対する褒賞ないし将来一層優秀な成績を挙げて貰いたいための督励、代理店を他の保険会社のひきぬき等の攻勢から守るための懐柔、或いは他店に対するけんせい等の意味のみを有するに止まらずして、それによつて代理店の割引等を可能ならしめる意味を含ませる場合があつたということを否定することができないことは、原判決の認定するとおりであるという外なく、これに反し、本件各特別手数料の支給が、割引、割戻等の意味を全然含んでいなかつたということは認められないから、原判決のこの点に関する事実認定を誤認であるとすることはできないのみならず、原判決のこの点に関する事実認定又は事実認定と証拠との間に理由そごの違法があることも、これを認め難いといわなければならない。
所論は、特別手数料と代理店が保険契約者に対して行つた割引等との間には相関関係は存在しない、けだし、特別手数料の支給又は増額についての交渉、決定の際代理店から契約者に対して割引等を行うために必要であるとか又はその費用の補填のためであるとかの点を問題にしたことはない、両者間に関連があるかの証言や検察官調書の記載があるが、それは代理店が保険会社に対して特別手数料を要求する際の口実の一を恰かも特別手数料の性質であるかの如く誤つて述べたものである。特別手数料の支給額の決定は、代理店の挙げている収入保険料の何パーセントという割合に応じて支給され、その支給を定めるについては、割引等は全然念頭に置かれていない、また、特別手数料の使途については、何らの限定もない、甲保険会社から支給された特別手数料を、同会社の保険契約者に対する割引等にのみ振向けるという関係も存在しない。一方、特別手数料の支給を受けても、割引等をしていない代理店もあれば、割引等をしているが、特別手数料の支給を受けていない代理店もある、割引等の額と特別手数料の額とは一致しないのみならず、比例すらしていない、割引等の時期と特別手数料支給の時期も一致していない等の事由を挙げて、原判決の認定を攻撃するのであるが、以上の事由はいずれも原判決のこの点に関する認定を妨げる事由とするには足りない。原判決は、特別手数料を支給することによつて、当該代理店は被告会社のため割引等をすることが可能になるということ及び特別手数料の支給によつて、割引等がなされる場合において、被告会社当事者はそれを是認するという意図を有していたという前提にたつており、原判示の各代理店当事者は、この会社の態度を了知しており、その結果両者の意思の合致により、本件割引等が行われたものであるという認定をしたものと考えられるのであるが、かかる認定は、証拠上これをなし得ざる限りではないのであるから、その間において右所論の如く、割引等のため必要だとか又はそれをなしたための補填であるとかいう明らかな要求がなく、特別手数料の額が収入保険料と一定の比率を保つており、特別手数料の使途につき限定がなく、或いは現実の場合において割引等をなすことなく済んだ場合があり、割引等をなした額と特別手数料の額とが一致せず、その時期も一致しない等の事由があつたとしても、それをもつて原判決の認定を覆すに足るものとはいわれないのである。これを要するに、本件においては、特別手数料を支給した事例のうち、現実になされた割引等が特別手数料の支給と関連性があり、その点につき被告会社の当事者と代理店当事者との間に意思の連絡があつたと認められた場合が摘発を受け、原判決もまたこれを是認し、会社代表者たる被告人(ひいては被告会社)に対し有罪の認定をしたのであるが、たとえ特別手数料の支給をなした場合でも、両者の間に意思の連絡の認められなかつたものは摘発を受けなかつたものと認められるのであつて、特別手数料の支給がない場合なのに拘らず代理店が割引等をなした例があるからといつて、それが前記認定の妨げとならないのはもちろんであるといわなければならない。論旨は理由がない。
右第二点及び意見書第一、一、(一)(二)(三)、三、(一)(二)、四第二、二、(二)(四)について、
しかしながら、原判決がその第十二丁裏において、以上認定の諸事実と記載したのは、同第十一丁において認定された事実すなわち、被告会社の代理店において割引等をしており、昭和二十五、六年頃からは、次第にそれが盛んとなつたこと、被告会社としてもそれに対応して代理店に特別手数料を支給していたこと、及び代理店における割引等と特別手数料支給との関係が、結局相互に因果関係がある等の事情を熟知していたことをも前提として指摘しているところ、本件は被告人をはじめとする被告会社の役員らにおいて、会社の営業方針として被告会社の代理店をして割引等をなさしめることも止むを得ずとし、その費用補填の趣旨を含めていわゆる特別手数料を代理店に支給する方針を是認し、よつて原判示の如き関係において代理店当事者と意を通じてなした割引等の所為を起訴したものと認められるが、被告人斉田と代理店との間において、右の如き関係における意思連絡があり、よつて割引等の所為がなされたものであるという法律上の関係が認められる以上は、同被告人において直接当該代理店の名称、その責任者の氏名等を知り或いはこれと具体的に交渉をなさなくても、原判示の如き共謀関係の成立を妨げないというべきである。また、同被告人はただ単に代理店の中には割引等を行つているものがあるかの漠然たる噂を聞知していたに過ぎないものではなく、代理店の中には割引等をしているものがあるということを認識し、これを是認したことは、証拠上これを認め得るというべきである。すなわち、日本損害保険協会が「保険料率ならびに代理店手数料の規整について」と題する広告をしたことは、割引等の弊風が一般に存在することの対策としてなされたのであると認められる点からいつても、被告人らが単に割引等を行うものがあるという噂を聞知した程度に止まるものでないことを窺知するに足るといわなければならない。而して、原判決は割引等と特別手数料支給との間における因果関係の存在は、これを否定することができず、且つ、その特別手数料捻出のための架空罹災の方法による資金調達ということが行われることを是認することは、とりも直さず、割引等の弊風を助長する所以であることをも明らかにしたものであるのみならず、割引等の弊風は、昭和二十五、六年度頃より盛んとなつたと認定していることは前記のとおりであり、従つて、その財源となる特別手数料を捻出する架空罹災なる方法を是認した被告会社当事者らの所為は、とりも直さず割引等の行われることを黙認(承認)し且つ助長したものであると認定したものであり、更に、審査室の設置に伴い、被告人自身被告会社における特別手数料の支出状況の大綱を把握していたこと及び昭和三十年後期以降において、いわゆる内規に準拠して特別手数料の支給についての規整が行われるようになつたことは、いずれも被告人らが特別手数料の支給により割引等がなされることは止むを得ずとしてこれを是認するも、それを野放図ならしめないために意を用いたことを示すものとして意味があるが、それらは割引等を根絶しようという態度を示すものとは到底考えられないから、如上の事実を被告人斉田らの割引等をなすことについての包括的共謀関係の存在を認定する一要因とみたことは、決して誤つているとはいえないわけである。
これを要するに、原判決は被告会社の首脳部である被告人斉田及び浜田三郎、吉沢義雄らが、代理店による割引等がなされることは、止むを得ざるところであるとして敢てこれを黙認、助長する態度をとるべきことについて互に意思連絡を遂げて共謀をしたが、これは爾後犯罪の実行に至る全過程からみれば、包括的共謀とみるべきものであると認定したものであり、更に原判決は、右三名は右意図につき原判決が判示するように、順次武田、鈴木、中井の三名、武田、鈴木、藪内の三名、福田得二、原憲の両名及び谷利城、原憲、千ケ崎虎雄の三名と、いずれも暗黙の間に共謀を遂げることによつて、これらの者の合意を得、もつて意思相通して割引等の実行をしたものと認定した趣旨であるが、かかる場合においては、以上の総べての者の間において割引等をなすべきことの共謀が行われたものと解し得べきであるから、これをいわゆる共謀に基づく共同正犯成立の一場合であるとすることを妨げないし、且つ以上の共謀関係の存在することは原判決挙示の証拠により優にこれを認定し得べく、これを事実の誤認であるとする根拠は存在せず、固より、被告人斉田の右共謀に基づく罪責の存在についての事実認定につき、論理、経験の法則にもとり或いは証拠に基づかないで事実を認定をした違法の如きが存在するものとは認められないのであつて、これを要するに、原判決には所論の如き違法は存在しない。論旨は理由がない。
右第三点及び意見書第一、四、第二、二(三)について
按ずるに、犯罪の共謀の日時については、これを判示することを要しないのであるが、本件においては、被告人斉田及び浜田、吉沢らの間におけるいわゆる包括的共謀関係は、昭和二十七年頃から本件各割引等のなされた当時まで持続している趣旨であることが判文上窺われるのみならず、同人らと爾余の原判決別表第一ないし第四関係のいわゆる個別的共謀は、いずれも各別表記載の割引等の実行された直前には成立していると認定した趣旨であることを窺うことができ、証拠上もこれらの事実を認め得るから、共謀の認定について原判決に理由不備があるとする所論は採用するに足りない。論旨は理由がない。
右第四点及び意見書第二について
しかしながら、原判決を仔細に点検すると、原審は代理店の保険契約獲得の競争は、契約者に対する饗応、接待、物品贈呈等(たとえそれが法にいわゆる割引、割戻と同様禁止されている特別の利益の提供に該る所為ではないにもせよ)によつて行われる外、割引、割戻という方法によつても行われていたとし、その代理店同志の競争激化に伴い、被告会社としても自己の代理店にひけをとらさず、ひいては自己が他の保険会社に負けないためには、自己の代理店に対し特別手数料を支給せざるを得ないようになり、代理店もまたこれを要求せざるを得ないようになるが、それは結局会社側においては、特別手数料を支給することにより代理店が割引等をすることを是認する場合を生じ、他面代理店側は、この特別手数料の支給を得てはじめて割引等をなすことが可能になり、或いは割引等の出捐の補填をなすことが可能になるという場合を生じ、これらの場合において代理店が割引等をしないならば、当該の場合における特別手数料の支給もしないであろうという関係を生ずる場合においては、割引等と特別手数料の支給との間には因果関係ないしいわゆる相関関係があることを看取するに足るということを認定した趣旨であると認められ、証拠関係からいえば、かかる認定を是認し得るのであるから、以上の点につき原判決には理由不備があるとするには足りない。但し、原判決はそれだけによつて、本件割引等につき、被告人斉田の共謀に基づく罪責を断じたものではなく、換言すれば、原判決は或る一定額の特別手数料の支給をなした場合、必らずその中から一定の割引等がなされるべきものであり、又は一一定の割引等がなされたから、必らずそれに相応する特別手数料の支給がなされるという程厳格な相関関係があつたということまで認定したものではないが、本件においては、被告会社側では、その中から割引等がなされるであろうということを是認して特別手数料を支給し、また代理店側では、特別手数料の支給を受けてその幾分かを割引等の費用にあてようということを予想してこれが支給を受けることを承知し、よつて、両者の間において、被告会社の業務に関し割引等を実行するということについて意思の合致が生じたという前提の下に犯罪の成立を認めたものであるというべきである。而して、原判決としては、元来特別手数料の支給自体には禁止規定も罰則もないとしても、本件における各代理店に対する特別手数料の支給には、割引等をなさしめる趣旨が全然含まれていなかつたという弁解は許されないという趣旨の認定をしたものであると認めるべきであつて、かかる認定は、証拠に照らし格別不自然とはいわれないのである。これを要するに、特別手数料と割引等との間に存在する事実関係についての原判決の認定は決して循環論法であるとはいわれないし、また、原判決が「割引、割戻をするためには特別手数料の支給が不可避となつた旨」判示した点についても、所論の如く、特別手数料の支給(増額)が割引等とは関係がないとする証言の存在はこれを認め得るけれども、原審は本件犯罪事実に関しては、この証言を採用に値せずとして排斥したものであることは明らかであり、更に、原判決が「特別手数料を支給することによつて割引、割戻が初めて可能となる旨」判示した点についても、証拠上所論の如く特別手数料の支給を受けないで割引等を行つている代理店の存在を窺知し得ないではないとしても、それは例外であり、一般的にいえば、特別手数料の支給を受けることによつて割引等が可能であるという事情を否定できないのであるから、原判決の右認定は不当であるとはいい難く、固よりそのような認定が証拠にもとるということもいい得ないのである。所論は要するに、原審の証拠の取捨、選択及びこれに基づく事実の判断に対し、独自の立場から異論をさしはさもうとするものであり、採用することはできないといわなければならない。これを要するに原判決には所論の点につき理由不備の違法は存在しない。論旨は理由がない。
右第五点及び意見書第二、二について
よつて按ずるに、原判決は被告人斉田はかねてから、被告会社の代理店において割引等をするものがあり、その弊風は改まることがなく、昭和二十五、六年頃からは益々激しさを加えていたことを知つていたことを認定し、進んで、被告会社の代表者社長である被告人斉田は、同会社取締役である浜田三郎同吉沢義雄らと、被告会社代理店をして損害保険契約者に対し割引等をなさしめることを是認、助長する旨の共謀をしたことを認めた上、更に原判示の被告会社の使用人らと意思を連絡し、同人らを通じて原判示四代理店経営者と意思を連絡し、割引等をすることの共謀を遂げた上、その実行をなさしめたものであると認定したのであるが、かかる場合にあつては、被告人斉田としては、必らずしも現に割引等をなさしめる代理店が原判示の如き四代理店であるということを具体的に認識していなくても、共犯関係の成立することを妨げるものではないというべきであるし、また、かかる場合においては、右代理店が従来現実に割引等を行つていたものであつてもなくても、被告人斉田に罪責が生ずることは明らかであるから、所論の如く当該四代理店が従前確実に割引等を行つていたものであることを認識していなければ、犯罪の成立がないというように論ずべき限りではない。而して、以上の如き原判決の認定については、記録を精査し当審における事実取調の結果を斟酌しても、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるとは認められないし、また、所論の点について原判決に法律の誤解も、理由不備の違法も存在しないというべきである。論旨は理由がない。
右第六点及び意見書第二、三について
按ずるに、所論の各答申書については、当該作成名義人がその記載内容を認識した上、これを自己の意識内容の表明として各検察官にあて提出したものであつて、且つ原審において被告人斉田の答申書については、検察官より刑事訴訟法第三百二十二条該当の書面として取調の請求があり、被告人側からその任意性を争わず、全法条により取調をすることについて異議はない旨の申立があり、また、武田、原の各答申書については、被告人側の証拠とすることの同意があつたので、各適法な証拠調がなされている経緯があるのである。
所論は、この各答申書の内容、特に特別手数料と割引等の関係についての叙述は、各本人の記憶、認識に基づかない迎合的な作文に過ぎないとして、その信憑性がないということにつき種々強調しているのであるが、原判決挙示の他の証拠と照合して検討してみても、所論の如き事由に基づきその内容を信憑性なしとして無視すべきものであるとは認め得ず、仮にその或る部分については、事実に副わないところがあるとしても、その大綱においては信憑性があり、原判決認定事実の裏付けとするに足ると認められるから、原審がこれらを罪証の一端に供したのは不当ではなく、この点において、原判決に採証の法則違反があるとするには足りないというべきである。(なお、この点については、弁護人望月武夫の所論に対する説明を参照。)論旨は理由がない。
同第七点及び意見書第二、三について
所論は、原判決が原判示第一の事実につき罪証の用に供した、所論関係人の検察官に対する各供述調書は、証拠能力がないから、これを罪証に供することは許されないというのであるが、右各供述調書の供述記載が、強制、拷問その他の事由に基づき不任意になされたものであることは、これを認めるに足りないし、また、それら供述記載中には公判廷における供述と相反し若しくは実質的に異る部分が存することが認められ且つ公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況の存在することも認め得るから、右主張は排斥すべきである。(例えば、これを論旨指摘の浜田三郎の検察官に対する各供述調書の例についてこれをみても、同人の公判期日における供述(第五回、第七回公判)と検察官に対する供述調書の内容には、実質的に異る部分が存することは明白であるし、検察官に対する供述調書の記載の方がより信用に値すると認めるべき事情も観取し得るから、原審が同人の検察官に対する供述調書を罪証に供したのは違法ではない。)
また、所論は、原審の検察官に対する昭和三十二年四月十五日付供述調書は、検察官の面前で適法に作成されたものでないという趣旨の主張をしているが、かかる事実はこれを認め難いから右主張はこれを排斥せざるを得ない。論旨は理由がない。
右第八点について
按ずるに、原判決は、被告人は被告会社の代表者として、被告会社の業務に関し、原判示の如き被告会社の役員その他の使用人及び被告会社の役員その他の使用人及び被告会社の損害保険代理店の当事者らと共謀の上、各代理店が被告会社のために各火災保険契約者と保険契約を締結するに際し、原判示各保険料の割引、割戻をなしたと認定して、被告人斉田に対し保険募集の取締に関する法律第二十二条第一項第四号第十六条刑法第六十条(第四十五条前段)を適用したのであるが、本件における共犯者は、いずれも右法律第十六条に列挙されている特別の身分を保有しているものであるから、それらの者が共謀して犯した同条第一項第四号の罪については、刑法第六十条の共同正犯の規定を適用すべきものであつて、身分なき者が身分ある者の犯罪に加担した場合に適用すべき刑法第六十五条を適用すべき限りではないといわなければならない。(よし、また、仮に所論の如く被告人斉田に関して、刑法第六十五条を適用すべきものとしたところで、結局被告人斉田に対する処罰法条は、原判決の準拠したところと同一とならざるを得ないのであるから、同被告人の処罰に関しては、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の違反は存在しない筋合である。)論旨は理由がない。
右第九点について
所論は、被告人斉田は本件保険募集の取締に関する法律違反の所為につき、法律違反の認識はなかつたというのであるが、同被告人は割引等が法律によつて禁止されていることを知りながら、他の役員、使用人及び代理店当事者と共謀して割引等をなさしめたのであるから、いわゆる違法の認識があつたことは明白であるといわなければならない。論旨は理由がない。
右第十点について
所論は、本件保険募集の取締に関する法律第二十二条第一号第四号第十六条違反の罪については、違反者たる保険代理店について、犯罪の成立することは当然であるが、取締法規たる右各法条違反の所為については、身分のない者の加功は共犯として処罰すべきものではないというのであるが、たとえ取締法規であつても特別の規定のない限り刑法総則の共犯の規定を適用すべきは当然であり、本件違反について右共犯の規定の適用を除外すべき根拠は存在しないのみならず、本件違反については、被告人斉田は身分のない者として犯罪に加功したのではないことは、前段において説明するとおりであるから、原審が本件違反につき刑法第六十条の規定を適用処断したのは相当であるといわなければならない。論旨は理由がない。
右第十一点及び意見書第一、五、(一)ないし(五)について
本件における保険料の割引等は、被告会社の代表者たる被告人斉田及びその他の役員において会社の方針として決定し、且つその他の会社使用人を通じ会社の損害保険代理店当事者と共謀した上、右代理店が会社のため代理して保険契約者との間において損害保険契約を締結するに際し実行されたものである以上、共謀者である被告会社代表者たる被告人の罪責は、被告会社の業務に関してなされた割引等の違反行為に因由するものというべきで、これを所論の如く、本件違反は単に被告会社の代理店の業務に関してなされたものであるに過ぎず、被告会社の業務には関連がないものと論ずべき筋合ではなく、被告会社は、以上の如き被告人斉田ら会社当事者の会社の業務に関する違反行為によつて、保険募集の取締に関する法律第二十七条に基づく処罰を受けるべきものといわなければならない。果して然らば、これと同旨の判断をなした原判決は相当であり、これに反する所論は、理由がないといわなければならない。
同第十二点について
所論は、原判決の法律の適用には違法があり、且つ、最高裁判所の判決に違反しているというのである。
よつて按ずるに、所論最高裁判所の判決は、人の代理人、使用人、その他の従業者が、事業主たる人の業務に関し違反行為をなした場合の事業主の刑事責任に関するもので、本件における如く法人の代表者が自ら法人の業務に関し違反行為をなした場合に関するものではないから、直ちに本件の如き法人の代表者社長として法人の業務運営の最高責任に当る者が自ら法人の業務に関して違反行為をなした如き場合を律するには適切でないのみならず、なお本件においては、これに加えて、被告人斉田をはじめとして当時の被告会社の代表者取締役ら全員が共謀して、被告会社の業務に関して違反行為をなしたのであるから、かくの如き場合においては、業務主体である法人において右違反行為者に対して選任監督その他違反防止に注意を尽したか否かを問う余地は皆無ともいい得べく、当該法人は当然右代表者らと同一の罪責を負担しなければならないと解すべきであるし、固より、本件においては、業務主体たる被告会社に右選任監督その他違反防止について過失がなかつたという証明は存在しないのであるから、所論最高裁判所の判決によつても、被告会社に被告人斉田と同一の罪責が生ずることは否定し得ぬところであるというべきであり、果して然らば、原判決が被告会社に対し前記法律第二十七条第一項を適用し罰金刑を科すべきものとしたのは相当であつて、何ら法律の適用を誤つた違法ないし、最高裁判所の判例に違反した点は存在しないといわなければならない。論旨は理由がない。
右第十三点について
按ずるに、原判決はその判示第一の保険募集の取締に関する法律違反の事実について、被告人斉田が原判示の如く他の者と共謀した上、多数回にわたる保険料の割引等の違反行為をなしたものとし、これらはいづれも個々独立の犯罪であつて、刑法第四十五条前段の併合罪の関係があるものとしているのであるが、(但し一括割戻に対しては、同法第五十四条第一項前段の一個の行為にして数個の罪名に触れるものとしている。)かかる場合においては、被告会社は個々独立の各犯罪について、右法律第二十七条第一項に基づく罪責を負うものと解すべきであり、換言すれば、被告会社に対しては、被告人斉田の違反行為の数に応じた右法条所定の罰金刑により処断されるべき違反罪の成立があるわけであり、それらの違反罪の間には、被告人斉田に対する違反罪と同様、刑法第四十五条前段の併合罪の関係が成立し、但し罰金刑をもつて処断すべき犯罪であるから、同法第四十八条第二項の適用をうけ、所定罰金の合算額の範囲内において刑の量定を受けるべき筋合となるわけであるといわなければならない。果して然らば、これと同趣に出でた原判決の法令の解釈、適用は、相当であるというべきである。
なお、所論は、本件違反罪は営業犯であるから、各違反行為は包括一罪を構成すべきものであり、これを併合罪とすべきものではないというのであるが、当裁判所は保険募集に関する法律第二十二条第一項第十六条第一項第四号の違反罪については、各割引等の所為毎に独立の一罪の成立があるものと解するのが法の趣旨に副う所以であると解するから、右包括一罪の所論はこれを採用し難く、よつてこれと同旨に出でた原判決の法律の適用は相当であるといわなければならない。論旨は理由がない。
右第十四点ないし第十九点及び意見書第二について
按ずるに、原判決挙示の原判示第二事実関係の証拠を総合すれば、右事実についてはその証明があるものというべく、所論に徴し記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を斟酌しても、原判決には右事実の認定について判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは考えられないし、また、所論の如き理由不備の違法があるものとも考えられない。
すなわち、先ず、被告人斉田が原判示の被告会社から北陸鋲螺株式会社(以下北陸鋲螺)に対する融資に関与した事実の有無については、原判決挙示の証拠によれば、被告人が右融資に関与しなかつたものであるとは考えられず、同被告人の原審における右融資について北陸鋲螺の森正に会つた記憶はないという供述の如きは、同人が殊更に虚偽の供述をしているものではないとしても、記憶の喪失のためであるといわなければならない。次に、右融資について、原判決が「担保の提供その他返済確保の方途を構じておかなければ将来の回収が極めて困難となるおそれがあつたのに、なんらの担保をも提供させず、また、利息ならびに弁済期限等の点についても別段確たる取り極めをなすことがなかつた」と認定した点についても、証拠上は優にこれを肯認し得るものといわなければならない。すなわち、本件融資当時、北陸鋲螺は経営難であつたこと、将来の経営についても困難であるという見透しをすべきものであつたことは、さきに被告会社から北陸鋲螺に貸付けた三百六十四万円の債権について、その弁済期が経過した後においても約旨に副う返済をすることができず、屡次厳格な督促に対しても部分的返済すらなし得なかつたという一事からも窺い得るといわなければならないのであつて、かかる会社に対し確実な担保もなく、(国鉄に対する納品書を預けたというが如きは担保の提供に該当するとは認められない)その回収について万全の策を構ずる配慮を用いないで、卒然として会社の所有金から旧貸金と殆んど同額の三百万円の融資をするが如きは、その一事だけでも、被告人としてはその任務に背反し専ら第三者を利せんことを図り、よつて会社に財産上の損害を与えたものと非難されても止むを得ない次第であつて、右融資につき確たる約定利息の定めがあつたか否か、確たる弁済期限を定めていたか否かの如きはそもそも末の議論で、これらにつきその有無を論ずる必要もない位であり、右融資が商法で定められた背任罪を構成するか否かには殆んど影響するところがない程である。のみならず、森正の検察官に対する供述調書の記載によれば、「利息もはつきりした取りきめもせず」とあり、また、他の証拠によれば「利息はごく短い期間だからこれはもう従来通りかえるときもらえばいいという考で、あらためてきめる必要もあるまいと考えておつたのじやないかと思います」というのであるから、原判決のいうが如く確たる利息の約定がなかつたことは窺うに足るし、また、返済期限についても、森正の検察官に対する同前供述調書の記載によれば、「返済期限をはつきりきめず、なるべく早く返すという程度の話で、手形を書いて金を受取つた」とあり、これによれば、債務者側から被告会社宛何通かの約束手形が差し入れられたことは、所論のとおりであると認められるが、約束手形の満期日の記載の如きは、単に手形の切替期日を示したもので、真の債務の弁済期日を意味しない場合が多い例に鑑み、且つ右森正の検察官に対する供述に照らせば、右約束手形の満期日の記載の如きも返済期限の確たる約定の証左であるとするには足りないから、これを要するに、本件融資については、原判決のいうが如く確たる約定利息及び返済期限の取きめがなかつたものといわれても止むを得ないところである。この点に関し右認定に反する所論は採用し得ない。
また、所論は、原判決が被告人及び吉沢義雄は、北陸鋲螺に対する融資の回収が困難であることを認識していた旨認定したのは、事実の誤認であり、原判決が簿外資金から本件貸付がなされていることをもつて、返済の可能性がないことを認識していた証拠であるというのは、証拠によらない事実の認定である、被告人斉田が、昭和二十七年十二月末、個人的に北陸鋲螺に対し四百五十万円を貸付けているのは、前記融資の回収を確実と信じたればこそである等の主張をしているのであるが、証拠によれば、これらの点についても、原判決認定通りの事情であつたことを認め得るといわなければならない。殊に、森正の検察官に対する供述調書の記載によると、森正が被告人斉田から四百五十万円を借り受ける際には、斉田に対し「前の分(本件三百万円の借財の意)をかえさなくてはならないし、越年資金も欲しいので個人の金を少し廻わして貰いたいと頼んだところ、承知してくれたので云々」といつたとある位であるから、原判決が「右四百五十万円の個人的貸付は本件貸付金三百万円を日本火災に回収することにその大半の目的があつたものと解するのを相当とする」と判断したのは決して不当な認定であるとはいえない道理であり、また、本件の如き、弁済について確実な担保の差入れもないような融資をなすことは、北陸鋲螺の経営状態からみて、当然将来において回収上困難を生ずるという危険があるわけであるが、かくの如き融資を被告会社の正規の融資手続に付することは、到底考えられないのであるから、北陸鋲螺から急に迫つた融資を懇請されそれに応ずるについては、略式、簡易な簿外資金という、いわゆる裏資金から出損する方が事の便宜に適するものであることは見易い道理であり、被告人らが正規の融資方法を避け、いわば内密に北陸鋲螺の危急を救つたということは、ひつきよう、原判示の如き本件融資の特殊性を認識していたことの証左となると認めても、その余の証拠関係に照し強ち不当の認定とはなし難いから、以上の点につき事実の誤認があるとか、証拠によらないで事実を認定した理由不備の違法があるものとはいい難い。
更に所論は、被告人斉田(及び吉沢義雄)は、右融資をなすことにより第三者たる北陸鋲螺を利せんことを図つたことはなく、右融資の結果被告会社に対し損害を与えないし損害発生の危険を与えたこともないから、これらの点に関する原判決の認定には事実の誤認があり、また、被告人斉田や吉沢には、少くとも第三者たる北陸鋲螺を利することにつき確定的な目的、認識があつたという証拠がないのに、原判決が商法に定められた特別背任罪の規定を適用、処断したのは法令の解釈を誤つているという趣旨の主張をしているのであるが、原判決の認定は、その判示するが如き北陸鋲螺の経営状態の下において、回収について危険ある融資を敢てするが如きは、会社の首脳に任ずる被告人斉田らにおいて専ら第三者の利を図るに出でたる所為であるとするに在ることは明らかであり、このことは関係証拠により認め得べきところであつて、これに反し右融資をなすことが専ら被告会社の利を図る所以であつたとすべき証拠はこれを発見し得ないし、会社の取締役が第三者の利を図り本件の如き将来回収の困難を来すべき不良融資をなした場合においては、直ちに会社に対して財産上の損害を与えたものということができ、商法所定の特別背任罪はここに成立するものというべきであり、その後において右貸付金が他よりの借人金によつて返済され実害が生じなかつたということは、犯罪の成否には関係がないから、本件融資により損害ないし損害発生の危険がなかつたとする主張は理由がない。これを要するに、被告人斉田らの本件北陸鋲螺に対する三百万円の貸付は、会社理事者に与えられた信託に応うべき周密、慎重の用意にいささか欠けるところがあつたとしなければならない。もつとも、右北陸鋲螺は、被告会社の庇護下にある会社であり、被告会社より北陸鋲螺の首脳陣を派遣したような経緯もあつたので、北陸鋲螺の当事者も被告会社に対しては、この特殊の関係についてたのむところがあり、被告会社としても右関係になずむところがあつたため、自然融資関係も情実にかられ安易に流れた観があり、よつて前段説明の如き融資をする羽目となつたものと認められるのではあるが、かくの如き場合でも、会社経営の衝に当る者としては、戒心の上その信託にそむかないように意を用い会社に損害を及ぼさないように図るところがなければならない筈である。所論は要するに、独自の見解に基づいて、原審の証拠の取捨、選択、ひいては事実の認定に対して、論難を加えるものであつて、採用に値せず、原判決には、所論の如き事実の誤認、理由の不備、法令解釈の誤り等はいずれも存在しない。各論旨は理由がない。
弁護人佐藤博の控訴趣意第二章第一点について
所論は、原判示第一の事実については、事実誤認の違法があるといい、特に、原判決はいわゆる特別手数料の支給に関し事実の誤認をしている、特別手数料とは、特に優秀な成績の代理店に報償し、将来一層の業績をあげることを奨励する趣旨を有するに過ぎず、これと割引、割戻とは何らの関係もないのであつて、被告会社としては、代理店が特別手数料を如何なる用途に使用するかということには関心をもつていないのである、この点に関する原判決の認定には証拠の誤解や論理の飛躍がある、また古くは正規の保険料の定めすらなく、割引等は公然認められていた慣行であつたのみならず、今次戦争前後においては、右慣行すら廃絶していたのであるから、原判決が割引等について刑事制裁が科せられることとなつた昭和二十三年以後においても、代理店における割引等の弊風は改まることがなく云々と判示したのは事実の誤認である、被告人斉田は、本件割引等の違反行為には、何ら関係がなく、関係ありという証拠もない、原判決が、被告人斉田は被告会社の代理店において割引等をしており、昭和二十五、六年頃から次第にそれが盛になつたこと、被告会社においても右割引等のなされていることに対応して、代理店に特別手数料を支給していたこと、割引等と特別手数料支給の関係が因果の関係にあること等の事情を熟知していたと認定したのは、証拠に基づかないか、証拠を曲解している、被告人斉田が代理店において割引等をなすことを黙認、助長したような事実は認められない等の趣旨の主張をしているのであるが、しかしながら、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示第一の事実については、その証明ありとするに足り、所論に徴し記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を斟酌しても、原判決には右事実の認定について、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものと認められないことは、弁護人塚本重頼、同望月武夫らの控訴趣意に対して説明した判断と同様であるのみならず、右事実の認定に関して、所論の如き採証法則の違反、理由不備等の違反が存在することもこれを認め得ないというべきである。右所論のうち、原判決が昭和二十三年割引等が罰せられるようになつた後も代理店による割引等の弊風は改まるところがなかつたと判示したことを非難している点については、割引等が罰則をもつて規制されていなかつた戦前においても、各保険会社は協定により保険料率の遵守を申合わせていたのであるから、割引等を公然認められていた慣行であるとまで誇称するのは当らず、右罰則制定の前後を問わず、公共事業的色彩を多分に有する損害保険業の経営において、無統制な割引競争をなすことを弊風と称することに妨げがあるべき筈はなく、また、戦争中及び戦後の保険業界逼塞の時期において、一時割引等が廃絶していた事実については、原判決はかかる時期においても始終変りなく割引等が行われていた旨認定したものでないことは、原判決の行文についてこれをみればおのずから了解に難くないところで、原判決は昭和二十五、六年頃からは割引等の弊風が激しさを加えたことに主眼をおいていることが明らかであるから、右点の判示を捉えて事実の誤認であると称し得ないことはもちろんである。論旨は理由がない。
右第二点について
所論は、原判示第一の事実については、原判決には採証法則の違反があり、原判決は証拠能力なく又は任意性、信憑性のない証拠に基づいて事実を認定したものであるといい、一、被告人斉田の検察官に対する供述調書、二、浜田三郎、武田正己、鈴木吉甫、原憲、千ケ崎虎雄、亀山享二、藪内銀三、福沢得二、谷利城、高橋卓治、田野数衛、葛葉正一、小寺栄次、水島英雄、重信英雄、中陸奥三、七松善一、渡辺功、広瀬敏雄、石井英、本間島蔵、立田中之らの各検察官に対する供述調書は、罪証に供し得べからざるものであるというのであるが、右各供述調書は、一については被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであり、二については公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況が存するものとして採証の用に供せられたことが明らかであるところ、記録にあらわれた諸般の事情に照らせば、原審の右判断を不当とすべき特別の事情は存在せず、各調書の内容は、所論の非難するところであるにも拘らず、公判における供述に比し、その大綱においてこれを信憑し得るものと認められるのみならず、その他、右各調書の供述記載が任意性に欠け従つて証拠能力に欠けるとか、信憑性がなく、罪証に供し得べからざる所以は、これを発見し得ないから、右所論は理由がないというべきである。(弁護人塚本重頼の控訴趣意第七点に対する判断参照)
次に、所論は、原判決が採証の用に供した斉田高三名義の答申書の作成の経緯について叙述し、その内容の信憑すべからざる所以を強調するのであるが、いやしくも業界において、屈指の保険会社であることを誇称する被告会社の首脳たる被告人斉田が、他の会社役員らと協議の上、任意に作成したことを疑うに由なき所論答申書の内容につき、これが任意性ないし信憑性を自ら否定し去らんとするが如きことは常識上からもこれを首肯し得ず、固よりこれを許容すべき十分なる根拠があるものとも認め得ない、なかんずく、本件係争の割引、割戻と特別手数料との相関関係を叙述した部分の信憑性を抹消し去ろうとするが如きは、所論の縷述するところあるにも拘らず、無効の試みといわなければならない。
次に、所論は、原判決が採証の用に供した募集費内規、S/C監査報告書、神戸支店領収書綴中の領収書並びに編綴の決裁書面は、いずれも被告人斉田において代理店が割引等をしていたことを了知していた事実及び特別手数料はその資金の補填として支給されたものである事実を、証明するに足らないものであるから、これを罪証の用に供したことは誤つているということを縷述するのであるが、右内規及び審査室設置に伴うS/C監査報告書を罪証に供したのは、これにより少くとも、さきに弁護人塚本重頼の控訴趣意第二点において説明したとおりの事実を認定する資料の一端を供給し得るという意味であると認められるから、何らこれを違法、不当視すべきではないし、その上右監査報告書及び右領収書綴中の各書面には、リベートの領収書があればこれに対し特別手数料の支給がなされることの可能性、すなわち、両者の相関関係を推認させる記載も存在するのであるから、原審がこれを罪証の一端に供したのは不当とはいえないわけである。
次に、所論は、原判決には証人の供述を証拠として引用しながら、その真意を合理的に捕捉せず、漫然その一小部分を採り他の部分を無視した結果、証人の真意に反する事実認定に導いた点があり、従つて採証の法則に違反しているというのであるが、具体的に如何なる証人の証言について、そのような違法がなされているのか、これを指摘していないのみならず、証人の証言については、それが不可分一体の供述でない限り、その一部分を採り、それに反する他の部分を棄てることは事実審の証拠の取捨選択の作用に属することであつて、この見地からみると、原審の証言の取捨、選択については格別違法があると認めるべき点はなく、所論は結局独自の立場から原審の証拠に関する判断を論難するものとして排斥されなければならない。また、或いは所論は、原判決は火災保険に関する深い経験があり、特別手数料の支給、受領に直接関与して来た証人らの判然たる供述を無視しているのは偏頗の疑があり、適法とはいい難いというのであるが、原判決の採証にかかる偏頗のあることはこれを認め難く、これまた、右説明するところと同様、原審の証拠の取捨、選択に関する判断を独自の立場より論難するに帰し、採用に値しないといわなければならない。これを要するに、原判決には各所論の如き違法は存在しない。論旨は理由がない。
右第三点について
所論は、原判示第一の事実は、共謀の日時、場所の具体的判示を欠いているから違法であり、この点において判決に影響を及ぼす違法があるというのであるが、共謀にかかる犯罪事実を判示する場合において、その共謀のなされた日時、場所を具体的に判示することは、必らずしもこれを必要としないことは、最高裁判所の判決(昭和二十三年七月二十日付)においても示されているところであるのみならず、本件においては、右共謀のなされた日時の如きは、判示されていると見得べきことは、弁護人塚本重頼の控訴趣意第三点について説明したとおりであり、その場所にしたところで、原判決は被告会社本店の存在している東京都内であること を認定している趣旨であると認められ、共謀の内容については原判決の認定しているとおりであつて、以上の各点は証拠上もこれを疑うべき筋は存在しないから、原判決には、所論の点につき判決に影響を及ぼすべき違法があるものとは解し得ない。論旨は理由がない。
右第四点について
所論は、原判示第一の事実につき、保険募集の取締に関する法律第十六条所定の保険契約を締結又は募集した者は、原判決別表第一ないし第四の各代理店であつて、その契約締結につきなされた割引等の行為は、当然右各代理店自体の業務に関してなされたものであるから、被告会社の代表者社長である被告人が仮りにそれについて共謀したとしても、その共謀は被告会社の業務に関してなしたものとなることはあり得ない。果して然らば、被告会社の代表者らが被告会社の業務に関してなした右法律第二十二条第十六条該当の違反行為につき適用されるべき右法律第二十七条は、本件違反の所為については、被告会社に対しては適用されるべきではない。然るに、原判決が被告会社に対し右第二十七条を適用して処罰をなしたのは法律の適用を誤つたものといわなければならないというであるが、被告会社に対し右法条を適用したのが誤りでないことは、弁護人塚本重頼の控訴趣意第十一点について説明したとおりである。
また、所論は、右第二十七条を適用し法人を処罰するためには、法人に何らかの責めるべき過失があつた場合に限るべきものであるところ、被告会社には本件違反行為につき責むべき過失があるという証拠がないから、被告会社に対し右第二十七条により刑罰を科した原判決には、法令の解釈、適用を誤つた違法があり、最高裁判所大法廷判決(昭和三十二年十一月二十七日付)にも反すると主張するのであるが、その理由がないことは、弁護人塚本重頼の控訴趣意第十二点に対する説明と同様である。
次に、所論は、原判決が原判示第一の認定事実に法律を適用するに際し、別表第一ないし第四に記載された各保険料の割引、割戻の所為のうち、数個の保険契約につき、同時に一所為をもつて割引等をなした点について、刑法第五十四条第一項前段を適用したことに関し、理由不備と法令適用の誤があるというのであるが、原判決は保険募集の取締に関する法律第十六条第一項第四号に違反する保険料の割引、割戻等の数個の所為が同時に一所為をもつてなされたことに関し、いわゆる同種類の想像的競合罪の成立があるものと認定した趣旨であつて、この点については、事実の認定及び法律の適用において、何らの違法も存在しないと認むべきである。論旨は理由がない。
右第五点について
所論は、保険募集の取締に関する法律第十六条第一項第四号の保険料の割引、割戻の禁止の規定は、憲法第二十二条に違反しているから無効の法規であり、従つてその無効の法規を適用処断した原判決は違法であるというのである。
しかしながら、保険業というものが公共性の強い営業であることは所論も認めているところであり、保険業における保険料は、その存立の根底であるから、これについては他の営業において顧客に対する値引きとかサービスが許されるのと同日に論ずべきでないことは多言を要しないところである。すなわち、いわゆる保険業における保険料の割引等を自由競争にゆだね、何らの規制をもなさないときは、自然過当競争を招来し、保険業の健全な発達を阻害するばかりでなく、保険業のよつて立つ基礎を危殆ならしめる惧れがあり、一旦保険事故の発生の暁において、保険金の支払に支障を来す羽目となれば、経済界に及ぼす影響は蓋し甚大たるべく、これがため公共の福祉の損なわれることは明らかであるから、かかる禍害を未然に防止するため保険料の割引等を適当な方法をもつて規制することは、公益保持の見地からして当然の要請であるといわなければならない筋合であつて、右法律第十六条第一項第四号第二項の規定の如きは、以上の要請に立脚する法条であると認められるから、これを目して憲法第二十二条違反で無効であるなどと論ずべき筋合ではない。論旨は理由がない。
右第二章第一点ないし第三点について
所論は、原判示第二の事実については、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認及び理由不備の違法があるといい、特に、被告人斉田は問題の三百万円の融資の依頼を受けたことがなく、右融資に関与したことはない、仮にこれに関与したとしても、原判決認定の如く「将来必らずやその回収が極めて困難となるべき虞れあることを認識、予見しながら融資をなした」ということはなく、且つ北陸鋲螺の経済状態が原判示の如くであつたことはこれを認め得ないから原判決の右事実認定には甚だしい誤があるのみならず、被告人は右融資につき吉沢義雄と共謀したことはなく、少くとも原判示の如き貸付の方法、条件ないし資金の出所等について、被告人が共謀をしたという証拠は皆無である。更に被告人に第三者たる北陸鋲螺を利せんことの目的があつたことも、これを認むべき証拠はない、この点において原判決には理由不備の違法がある、また、本件融資については、実害発生の虞もなく、被告人にも右点についての認識はなく、本件融資は回収可能であると信じていたことは、被告人斉田がその後三菱銀行日本橋支店から四百五十万円を個人的に借りて、これを北陸鋲螺に融通した事実からも窺い得るところである等主張するのである。
しかしながら、原判示第二の事実について、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び理由不備の違法が存在しないことは、弁護人塚本重頼の控訴趣意第十四点ないし第十九点に対する説明において示したとおりであり、以上所論が特記する各点についても、概ね右説明において示したところと同様である。ただ、右所論のうち、被告人斉田が本件融資の貸付の方法、条件ないし資金の出所等について、吉沢義雄と共謀したという証拠はないという点に関しては、前記説明においては特記してはいないが、原判決挙示の証拠によれば、本件融資は吉沢と被告人斉田とが相談の上なしたものであることを認め得るのであるから、右所論の点についても、被告人らはこれを共謀の対象となしたものと認めて差支ない次第であり、右点も理由がないというべきである。論旨は理由がない。
弁護人望月武夫の控訴趣意及び弁論要旨提出書について
所論は先ず、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認、理由不備等の違法があるというのである。
しかしながら、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、原判示第一、第二の各犯罪事実については、各その証明ありとするに足り、各所論に徴し記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を斟酌しても、原判決には右各事実の認定について、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは認められないし、その他理由不備等の違法があるものとも考えられない。
なかんずく、所論は原判示第一の事実について、原判決が示した如き共謀関係の成立についての認定を誤認であるとして争うのであるが、原判決の如き論理構造をもつ共謀に基づく共同正犯の成立ということは可能であり、且つ本件においては、証拠に徴すれば、そのような共謀に基づく共同正犯の成立を認め得るというべく、右共謀関係の認定が論理、経験の法則にもとる所以はこれを発見し得ないから、原判決にはこの点につき事実の誤認も理由の不備も存在しないというべきである。
すなわち、右事実関係においては、被告人斉田をはじめとして被告会社の首脳者が代理店をして保険料の割引等の違反行為をなさしめることも商機を得るためには止むを得ないとの会社の営業方針を定め、この方針を了承し被告人ら首脳部と意を通じたと認むべき会社の使用人(原判示所管部長ら)は、各代理店と意を通じ禁止されている割引等を実行したというのが犯罪事実の核心であつて、原判決はかかる共謀関係及びこれに基づく犯罪の実行を認定しているのであり、被告人斉田は他の会社首脳者らとの間において、いわゆる包括的共謀を遂げたのみならず、部下の会社使用人を通じて代理店の当事者と割引等の違反行為をすることの個別的共謀をも遂げ、よつて同人らに割引等違反の実行行為をさせたことになるわけである。
また、いわゆる特別手数料の支給についても、特別手数料の性質中に、所論の如く代理店に対する奨励、代理店の足止め策たる意味が含まれていることを否定するものではないが、元来代理店のあるものは、保険会社のため契約を獲得する競争に際し、割引等の方法を用いる者もあり、これが激化するに従いその資金又は補填が必要となり、そのため被告会社としても、いわゆる特別手数料のうちに割引等の資金、補填の趣旨をも含めて支給することも許さないこととなつたのであり、かかる意味において、特別手数料の支給と割引等の違反行為とは必らずしも無関係ではなく、むしろ相関関係があるというべきことを原判決は認定しているのであるが、かかる点もまた証拠関係からいつて是認し得るところであるといわなければならない。しかしながら、原判決は凡百の場合、特別手数料の支給と割引等の違反行為との間において必然的な関係があり、特別手数料を支給されたら、必らず割引等をしなければならないとか、特別手数料の中には割引等の資金ないし補填にあてるべき特定の金額を含むとまで認定しているのではなく、原判決はただ、本件においては、特別手数料の授受に際し、会社側は代理店は必要な場合にそれを割引等の資金にあて又は割引等に支出した補填にあてるであろうということを予定しており、一方代理店はその趣旨を了承して特別手数料の支給を受けていたのであるから、両者の間には割引等の違反行為をなすことを前提として特別手数料の授受をしていたという関係が成立し、かかる関係に基づき割引等の実行がなされたものである以上、被告人斉田には、割引等の違反行為につき助長、是認の責任があるのみならず、進んで、本件につき共謀に基づく共同正犯の罪責を免れることはできないとしたものに外ならず、その間において被告人斉田に対し共謀に基づく罪責の成立することを否定すべき根拠は存在しない反面、被告人らの方針そのものは前記のとおりであつて、総べての代理店をして割引等をなさしめることを強制するに在つたものではないから、特別手数料の支給を受けても割引等をなさない代理店があつても不思議ではなく、要は、本件においては、会社首脳部の前記方針をうけてこれと意を通じて割引等を実行したと認められる場合のみが審判の対象となつたものと認められるから、特別手数料の支給を受けている代理店にして摘発を受けなかつたものが多数存すること、或いは特別手数料の支給を受けないで割引等をなした代理店が存すること、また、特別手数料の額と現実に行われた割引等の額の比率が一定しないこと等が所論のとおりであつたとしても、敢て怪しむには足りず、これらから逆に被告人らの犯意の不成立を論ずるに足りないというべきである。また、所論は、本件における被告人斉田の所為は、単なる不作為に過ぎず同被告人には共謀の責任はない、同被告人が特別手数料の支給を防止することは不能であつた等の主張をしているが、証拠によれば、同被告人の所為は単なる不作為ではなく、同被告人に共謀に基づく共同正犯の罪責のあることは前段説明のとおりであり、原判決も同様の認定をしているのであるから、原判決は同被告人の本件に対する加功行為についての判示を欠いているという所論は理由がなく、いわんや、同被告人は被告会社の代表者取締役社長として、損害保険代理店が法の禁止する割引等の違反をしないことについて十分選任、監督の義務があつた筈であり、換言すれば、被告会社が定められた代理店手数料の枠を超過して、いわゆる特別手数料を支給することによつて、代理店をして割引等の違反をなさしめることを可能ならしめ、これを助長してはならない義務を負担していたというべきのみならず、割引等をなす懸念がある場合の特別手数料の支給については、これが防止策を構ずることが不能であつたと認むべきではない。これを要するに、原判決は被告人斉田の被告会社の他の役員、使用人、損害保険代理店当事者らとの共謀に基づく法の禁止する損害保険料の割引、割戻等の所為につき共同正犯の罪責ある所以を認定判示したもので、右事実は原判決挙示の証拠により認め得ること、前段説明のとおりであるのみならず、右事実関係については、理由不備等の違法も存在しないというべきところ、所論は、なお、被告人提出の昭和三十一年九月十五日付答申書の成立の由来につき縷述するところあり、如何に右答申書の内容中割引等と特別手数料の関係についての記述が事実に反し信憑すべからざるものであるかを強調し、この答申書の内容と軌を一にする被告会社の役員ら提出の答申書及び右内容に準ずる同人らの検察官に対する供述調書の記載内容も信憑性がないものと断じ、原判決がこれらを罪証の用に供し原判示第一の事実を認定したのは違法であるという趣旨の主張をしているので、その点について考察するに、所論によれば、右答申書中特別手数料と割引等の関係についての記述部分は、代理店をして脱税の責任を免れしめるために、殊更に架空の割引等の事実を作為したものであるというのであるが、仮にそうであるとすると、代理店は脱税の責任は免れても、割引等をなした廉により違反行為の罪責を負わなければならないかも知れないが、それは敢えて辞するところではないということになり、かかる弁解は輙く首肯し得べくもあらず、よつて右主張は採用することができないといわなければならない。いわんや、右答申書提出後において、被告会社の者が心を一にして検察官に対し右答申書の内容に副う真実に反する供述をし、よつて検察官を誤らせ本件起訴を招来したというが如きは、聊か奇矯の主張であるといわなければならない。
なお、所論が被告会社の社員谷利城の所為について、それが被告会社の業務に関してなされたものでないという点については、仮に、所論を是認し、同人は専らその経営する代理店の業務に関して違反行為をなしたものとしても、被告会社に保険募集の取締に関する法律第二十七条第一項に基づく罪責のあることは、弁護人塚本重頼の控訴趣意第十一点に対し説明したところによつても明らかであるというべく、その他、原判示第一事実に関する論旨にして、弁護人塚本重頼の控訴趣意と同旨のものについては、同弁護人の所論について説明したところを引用する。
次に、所論は原判示第二の事実について、被告人斉田は原判示の貸付には関与していない、仮に関与していたとしても、右貸付は商法に規定されている特別背任罪を構成しない、すなわち、右貸付当時将来回収不能になるおそれはなく、仮にそのおそれがあるとしても、被告人にはその認識がなく、且つ被告人には第三者たる北陸鋲螺を利する目的はなかつた等の点を強調するのであるが、しかしながら、被告人斉田が本件貸借に関与したとする森正、吉沢義雄らの証言は、所論の如く信憑性のないものとは考えられず、その他の証拠関係に徴しても、右被告人が右貸借に関与しなかつたということは考えられない、また、所論は、本件貸付の立役者は立花監査役であり、被告人斉田はこれには関与しなかつたということをも主張しているが、仮に、いわゆる簿外資金の貸与については、平素立花が主となつてこれが運用に当つており本件貸付についても同人が関与していたとしても、そのため被告人が関与したという証拠を排除して、本件貸付には立花のみが関与したのであると結論することは許されないから、被告人が右貸付に関与しないという右所論は採用し得ない。また、被告人がその後北陸鋲螺の森正に対し四百五十万円を貸したこと自体、被告人が本件二百万円の貸与に関与しなかつた証左であるという主張については、原判決は「それは本件貸付金三百万円を日本火災に回収することにその大半の目的があつたものと解するのを相当とする」と判断しており、森正の検察官に対する供述調書(昭和三十二年五月二日付)によれば、これを裏付け得るのであるから、これまた排斥せざるを得ない。更に、任務違背の貸金をしたことが背任罪となる場合における財産上の損害とは、強ち回収不能の状態のみをいうのではなく、回収困難の惧れがある状態だけでも足りるのであつて、本件においては、この意味からいつても優に会社に損害を発生させたことは証拠上明らかであるというべきである。また、所論は、本件については、法律的な意味では物的、債権的又人的担保はなかつたが、或る意味で人的担保があつたと主張するのであるが、被告会社に前記損害がないと認むベき担保があつたとは認められないのであつて、その他、原判決の認定する如く本件貸金の回収が困難を来たす虞れのあることを被告人において認識していたこと、被告人に第三者たる北陸鋲螺を利する目的があつたといい得ることは、いずれも証拠に徴し是認し得るところであつて、これを覆すに足る証左は発見し得ないというべきである。結局、原判示第二の事実について、事実誤認その他の違法が存在しないことは、総べて弁護人塚本重頼の控訴趣意第十四ないし第十九点に対し説明したところと同様である。
次に、所論は、原判示第一の事実における被告会社の損書保険代理店のなした各割引等の行為は、各代理店毎にいわゆる包括一罪の成立があるものとすべく、結局原判示第一の事実においては、四個の独立した割引等の罪が成立し、その間に併合罪の関係が生ずるとすべきであるというのである。しかしながら、保険募集に関する法律第二十二条第一項第四号第十六条第一項第四号の違反罪については、原判示の一括割引又は割戻の場合を除き、同一代理店により違反が行われた場合であると否とを問わず、一個の割引等の行為が行われる毎に独立の一罪の成立があるものとして処断するのが、法の趣旨に副う所以であると解されるから、これと同旨に出で刑法第四十五条前段の適用をした原判決の法令の適用は正当であるというべく、所論は採用し得ない。(弁護人塚本重頼の控訴趣意第十三点に対する説明参照。)論旨は理由がない。
被告人斉田高三の控訴趣意について
所論は先ず、原判示第一の事実に関する事実の誤認を訴え、特に被告人は原判示の如き割引、割戻の費用補填の趣旨を含む特別手数料の支給を営業方針として採用したこと又はこれが実施を下部に指示したことはないということを強調し、且つ、被告会社のみが割引等の問題について摘発され、他の保険会社が同様の問題について摘発を受けなかつたのは不公平であるとし、その他、原判決が右判示事実につき罪証の用に供した昭和三十一年九月十五日付被告人名義の答申書は、自分の意思によつて作成したものではないといい、また、内規、審査室の設置された理由等に関する原判決の認定を争うのであるが、以上の所論についての当裁判所の判断は、弁護人塚本重頼、同望月武夫、同佐藤博らの控訴趣意中同旨の論旨に対しなしたところと同様であるからこれを引用する。ただ、本件と同様の事態が被告会社以外の損害保険会社の業務運営にも存在したのではないかということ、もしそうだとして、被告会社のみが摘発の対象となつたと認められるべき場合には情状として斟酌すべきか否かについては、捜査当局が被告会社のみを犯罪捜査の対象とし、他の会社に対しては強いて目をふさいだものとは認められないから、その点についての不公平の非難は理由がないが、結果的にみて、被告会社のみが摘発を受け、他の会社がそれを免れたと見るべき場合には、これを量刑の上において斟酌すべきことは当然であるといわなければならないが、その点については量刑について考察をする際にこれを譲るべきである。
次に、所論は、原判示第二の事実についても、事実の誤認があるといい、被告人は右事実において認定されている三百万円の貸金については、無関係であるから無罪たるべきものである、特に原判決が罪証の用に供した森正、吉沢義雄らの捜査官に対する供述調書及び原審公判における供述は、真実に基いていないというのであるが、右事実についての原判決の認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは認められないことは、弁護人塚本重頼、同望月武夫、同佐藤博らの同様の控訴趣意に対し説明したところと同様であるから、これを引用すべく、森正、吉沢義雄らの所論各供述が罪証に供すべからざることは記録を検討してもこれを認め得ず、右各供述に対する非難は、事実審の証拠の取捨、選択に対し独自の立場からする論難に帰し、採用すべからざるものであるといわなければならない。論旨は理由がない。
弁護人小中公毅の控訴趣意第一点及び同弁護人提出の弁論要旨(昭和三十七年七月二十三日付)第一(一)について
所論は、原判示第一の事実については、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるといい、特に、被告人斉田は、原判示第一の割引等には関与せず、共謀に基づく共同正犯の罪責を負うべきものではなく、従つて被告会社も処罰されるべきではないというのであるが、被告人斉田に原判示の如き共謀に基づく共同正犯の罪責があり、原判決には右事実認定につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは認められず、当審における事実取調の結果に照らしても、右結論を異にすべき事由がないことは、弁護人塚本重頼、同望月武夫、同佐藤博らの控訴趣意に対し説明したとおりであるから、これを引用すべく、従つて、被告会社もその代表者たる被告人斉田の会社業務に関してなした違反行為により、当然処罰を免れないといわなければならない。論旨は理由がない。
右第二点及び弁論要旨第一(二)について
所論は、原判示第二の事実については、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるといい、特に被告人は原判示三百万円の貸付については関与していない、右貸付は常務取締役吉沢義雄の単独の責任に帰すべきもので、被告人には共謀に基づく責任もなく、また、吉沢の行為にも何ら加担していない、原判決の事実認定は、証拠の取捨、判断を誤り且つ審理不尽の結果事実の誤認をしたものに外ならないというのであるが、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、右事実はこれを認め得べく、原判決には右事実の認定につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がなく、当審における事実取調の結果に照らしても右結論を異にすべき事由がないことは、弁護人塚本重頼、同望月武夫、同佐藤博らの控訴趣意に対し説明したとおりであるからこれを引用すべく、固より、原判決に右事実の認定につき、事実経験の法則にもとり証拠の取捨判断を誤つた違法及び審理不尽の違法があることは共に認めるに足りないというべきである。論旨は理由がない。
右第三点及び弁論要旨第二並びに弁護人塚本重頼の控訴趣意第二十点並びに弁護人望月武夫の控訴趣意第一(c)について
各所論は、原判決において認定された被告人斉田の各犯罪事実が仮りに有罪であることは免れ得ないとしても、本件における諸般の事情に照らせば、同被告人に対する原判決の科刑は、執行猶予付ではあるが、徴役刑を宣した点において過重である、同被告人に対しては罰金刑をもつて処断されるべきであるというのである。
よつて按ずるに、損害保険における保険料の割引、割戻の如きは、保険事業の基礎を危殆ならしめる行為であるから、これを自由に放任すべきでなく、相当の規制を加えるべきものであることは明らかであるところ、我が国においては、右割引等は今次戦争前においても業界における宿弊として存在し、保険会社相互間の協定によりこれが根絶をはかつたこともあつたが、その実効をみるに至らず、戦後の保険業界の不況に伴い一時は逼塞したものの、昭和二十三年中本件法律の成立により刑罰をもつて禁止されるに至つた後数年を出でないで、次第に復活の気運に乗ずるに至つたのである。固より、この悪弊たるや、各保険会社において断固これが禁遏を目的とするにおいては、これが根絶をすることも得て望むべからざるものではないが、各保険会社とも、この点については必らずしも断固たる措置をとつていたものとは認められず、むしろ、この点については、優柔不断の趣きがあり、代理店が割引等の違法行為をなしていることに対し目を閉していたの観があるのみならず、遂には割引等の出捐に対しこれを補填する目的を有する資金獲得のために、原判決もいうが如き奇矯な「机上火災(テーブルフアイア)」の挙に出でざるを得ない羽目となつたことは、堅実且つ合理的経営を基底とすべき保険業界としては恥ずべきことであつたといわなければならない。而して、以上の如き保険業界における多年の宿弊をつとに是正しなかつたことについては、独り被告会社及びその当事者のみを責めるべきものとするのは当らず、多かれ少かれ、他の保険会社も責任の一端を担うべきものであると解すべきことは多言を要しないところであるから、本件違反につきその罪責の多寡を論ずるに当つても、たまたま摘発を受けるに至つた被告会社及びその当事者に対してのみ厳罰を科すれば可であるとすることはいささか公平を欠く処置であることを免れずというべきである。殊に、被告人斉田は、多年被告会社に勤務し、戦後における経営困難の時代に処し社運の回復をはかり、被告会社の業績を向上させ、業界において独特の地位を確保させるに多大の効があつたところ、ここにはからずも業界における多年の宿弊にわざわいされ、遂に被告会社の社長たる地位から退かねばならぬに立至つたということは、同情に値するものがあるというべきである。そもそも、本件違反事件は、原判決において無罪を宣告され、確定をみるに至つた業務上横領事件の捜査中に副産物として発生したものであつて、必らずしも、被告会社関係の保険料の割引等の違反が業界において目立つたため摘発され発展をみるに至つた事件であるとは認められないし、被告人の本件違反における態度にしても、敢えて積極的と称すべきものではなかつたことは、原判決の文言によつても了解し得るところであるのみならず、被告会社の当事者の中においても、本件違反につき被告人と殆んど同程度の罪責に任ずべきものが存することは、原判決の認定によつても明らかであることに照らせば、如何に被告人が被告会社の最高責任者たる代表者社長たる地位にあつた為であるにもせよ、独り本件違反の責任者として起訴せられ、多年にわたつて刑責を問われる地位に立たなければならなかつたことについては、これまた十分同情の余地があるといわなければならない。
また、原判示第二の罪についての被告人斉田の罪責の多寡についてこれを考察しても、被告人斉田と吉沢義雄らの北陸鋲螺らに対する本件三百万円の貸付の態度は、周密、慎重の用意を欠き、北陸鋲螺が被告会社の庇護下にある会社であり、同会社の首脳は被告会社から派遣したものであつたため、自然被告会社の庇護にたのむところあり、被告会社側としても右関係になずんで、ために融資の態度も安易に流れたため、漫然たる貸付をする羽目となつたことについては、会社経営の衝に任ずる者としては正に戒心すべきところであつたといわなければならないが、結果においては、右貸付による実害は、被告人斉田が個人的に他から金を借りてこれを北陸鋲螺に貸与し、その中から被告会社に返済させたことにより補填されたのであるから、犯情においてしかく重視することを得ざるものがあるものといわなければならない。
果して然らば、被告人斉田には斟酌すべき幾多の情状があるというべきところ、原判決はかかる被告人に対し、保険料の割引等の違反罪及び商法所定の特別背任罪の各処罰法条中いずれも徴役刑を選択、処断すべきものとし、併合罪の規定を適用した上、被告人を懲役八月に処すべきも、諸般の事情に鑑み実刑を科するを相当とせず、右刑の執行を三年間猶予すべきものとしたのであるが、当裁判所としては、叙上の如き情状がある被告人に対しては、むしろ、この際更に一歩を進めて各処罰法条中において、定められている所定刑中懲役刑を選択することなく、各罰金刑を選択、処断すべきものとしても、未だ必らずしも寛大に過ぎる措置であるとはいい得ないと認めるので、この意味において各量刑不当の論旨は、理由があることに帰するものというべく、原判決中被告人斉田に関する部分は破棄されるべきものと判断する次第である。量刑不当の論旨は理由があるものというべきである。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り、原判決中被告人斉田高三に関する部分はこれを破棄し、被告人日本火災海上保険株式会社の控訴は、その理由がないので、同法第三百九十六条に則りこれを棄却すべく、但し前者については、当裁判所において直ちに判決をすることができるものと認めるので、同法第四百条但書により、更に判決をなすべく、原判決が適法に確定した被告人斉田に対する事実関係に基づき左のとおり法律の適用をする。
すなわち、被告人斉田の原判示所為中、各保険料の割引及び割戻の点は、いずれも保険募集の取締に関する法律第二十二条第一項第四号第十六条第一項第四号刑法第六十条に、商法違反(特別背任)の点は、商法第四百八十六条第一項刑法第六十条に各該当するところ、右保険募集の取締に関する法律違反のうち、原判示一括割引又は一括割戻(別表第一の割戻については番号1ないし5の名割戻、同7ないし115の各割戻、同117ないし119の各割戻、同120及び121の各割戻同123及び124の各割戻、同125及び126の各割戻、同128ないし130の各割戻、同131ないし173の各割戻、同174及び175の各割戻、同176ないし186の各割戻、同187ないし190の各割戻、同191ないし193の各割戻、別表第二の割引又は割戻については、番号2及び3の各割戻、同8及び9の各割引、同10ないし13の各割引、同22及び23の各割引、同33及び34の各割戻、同60ないし62の各割戻、同67ないし69の各割引、同77ないし79の各割引、同94及び95の各割引、同101及び102の各割引、同109及び110の各割戻、同116及び117の各割戻、別表第三については、番号1及び2の各割戻、同4及び5の各割戻、同10ないし13の各割戻、同15及び16の各割引、同22ないし24の各割引、同25及び26の各割戻、同31ないし35の各割戻、同39及び40の各割戻、同41及び42の各割戻、同43及び44の各割引、同45及び46の各割引、同47及び48の各割戻、同49ないし51の各割戻、同54ないし57の各割戻、同58ないし61の各割戻、同62ないし65の各割戻、同66及び67の各割戻、同70ないし72の各割引、同75及び76の各割戻、同77及び78の各割戻、同83及び84の各割戻、同85及び86の各割引、同88ないし90の各割戻、同91ないし93の各割引、同94ないし96の各割戻、別表第四については、番号1及び2の各割引、同6及び7の各割引、同10及び11の各割戻、同16及び17の各割引、同23及び24の各割引、同27及び28の各割戻、同31及び32の各割引、同33及び34の各割引、同36及び37の各割引、同39及び40の各割引、同44及び45の各割引、同52及び53の各割引、同70及び71の各割引)は、いずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により、それぞれ一罪として(割引又は割戻金額中最も多額な罪の刑による、但し、割引又は割戻の合計額を記載してある分については、保険料が最も多額の罪の刑による)処断すべきところ、前段説明の情状により、右各保険募集の取締に関する法律違反の罪及び商法違反の罪について、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段所定の併合罪であるから、同法第四十八条第二項に従い罰金の合算額の範囲内で、被告人斉田を罰金十万円に処するべきものとし、右罰金を完納することができないときは、同法第十八条により金二千円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置すべく、なお、原審及び当審における訴訟費用中、原審における証人堀田篤、同米倉富太、同森正に支給した分及び当審において証人小形忠雄、同岩堀嘉憲、同米倉富太、同森正に支給した分は、いずれも被告人斉田の原判示第二の事実の審理のため生じたものであるから、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により、これを同被告人に負担させるべく、当審において証人中田辰太郎、同城戸藤蔵、同七松善一、同星廉太郎に支給した分は、被告人斉田、従つて被告会社に対する原判示第一の事実の審理のため生じたものであるから、同法第百八十一条第一項本文第百八十二条により、被告人斉田と被告会社とをして連帯して負担させるべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 三宅富士郎 判事 東亮明 判事 井波七郎)
弁護人塚本重頼の控訴趣意第十二点
原判決は、保険募集の取締に関する法律の適用を誤つた違法があり且つ、左記最高裁判所の判決に違反している。
一、最高裁判所判決(昭和三十二年十一月二十七日大法廷刑集十一巻十二号三一一三頁)は右法律第二十七条と同じ形式の規定たる入場税法に所謂両罰規定につき、左の通り判示する、曰く
「入場税法(昭和二二年法律第一四二号による改正前のもの)第十七条ノ三のいわゆる両罰規定は事業主たる「人ノ代理人、使用人其ノ他ノ従業者」が入場税を逋脱しまたは逋脱せんとした行為に対し、事業主として右行為者らの選任監督、その他違反行為を防止する為に必要な注意を尽くさなかつた過失の存在を推定した規定と解すべく、したがつて事業主に於いて右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り事業主も又刑責を免れないものとする法意である」と。
此の判旨に従えば、右法律第二十七条も又事業主の過失を推定した規定であつて、事業主に於いて行為者の選任監督その他違反行為を防止する為に必要な注意を尽したことの証明があれば、事業主に刑事責任を帰せしめることはできない理である。
二、本件に於いて、被告会社が責任を負わしめられる基礎となつた行為者は被告人斉田を指すもののよ、である。
蓋し、原判決によれば、「被告人斉田の判示第一の各所為は、いずれも当時、同被告人が代表者であつた被告人日本火災海上保険株式会社の業務に関してなされたものであるから云々」と、(原判決第四十二丁裏六行目以下)と云うのであるから、被告人斉田の被告会社代表者としての行為を対象としているが、被告会社に於いて被告人斉田の選任監督について過失があつたとは認められず、又、被告人斉田の違反行為を防止する為の注意を欠いたとも認めることはできない。
検察官は事業主たる被告会社に過失があつた旨の証明を何等しておらない。
三、尤も、原判示第一の事実摘示によれば、本件割引割戻の実行行為者は各代理店主であり、之等代理店の店主の行為について、被告会社に責任を負わせた如くにも取れるけれども、原判決の法律の適用と対比すれば、原判決がこの見解をとつたとは解し難い。(又代理店は右法律第二十七条に所謂「代理人」に該当しないと解するのが相当であること、原審弁論において詳説したところである)。
(その余の控訴趣意は省略する)